夢について、考える本「垂直の記憶 」

垂直の記憶

山野井泰史について、その魅力

世界屈指のソロクライマー、山野井泰史。

私は登山をしません。

というよりも、ほとんどしたことすらないのですが、この本は、そんな人でも何度でも読める本、です。

なにに引きつけられるのか。

それはおそらく、「できるだけ難しい山を、できるだけ難しいルートで挑戦する」その姿勢に憧れるのだろうと思います。

その根底には「夢」があり、彼は、その夢にしたがって生きている。

この本は、夢についての本でもある

ほとんど世の中の人は、うまく生きていこう、うまく立ち回ろうとしていく。

それは登山でいえば、「登頂すれば話題になりそうな山を、できるだけ簡単なルートで挑戦する」というような感じでしょうか。

それでも登頂には変わりがありません。

それに、普段の生活とはそういうものだ、ともいえます。

話題になりそうな山だから、どんなに簡単なルートでも登頂さえできれば、それもあなたの実力だ、と考えてくれる人もいるかもしれない。

しかしそこにはたぶん、夢がない。

この本には夢がある。

岩と雪、垂直の壁の世界は、ほとんど夢の世界だ。

もしも私が、一冊だけ本を残してもいいよといわれたら、この本を残すかもしれない。

それくらい好きな一冊です。

「垂直の記憶 岩と雪の7章」について

タイトルのとおり、山登りというよりは、垂直の壁を登る、そこに挑戦するその記録を、本人の筆で綴った本です。

帯には「沢木耕太郎『凍』のモデルとなった登山家の半生」とあります。

それはこの本にある「ギャチュン・カン北壁」について、沢木耕太郎が書いたもの。

もちろん「凍」もよかった。

でも個人的には、迫力がまったく違う、と感じました。

「垂直の記憶」のほうが、死を感じさせてくれるのです。

「はじめに」から恐ろしいことを述べる本

それにしても「はじめに」の部分から、さらっと恐ろしいことを述べているのが、この本です。

あのころのようにはもう登れないかもしれない。それでも僕は現在も登っている。岩を登っている感覚が好きだし、深い森の中を歩き回っていると落ち着くのだ。僕には登る意義など本当に関係ないのだ。初心者に戻ってしまったが、また上を目指して一歩一歩、登っていこう。僕の二度目のクライミング人生は始まったばかりだ。どこまで行けるかわからないが、登っていこうと思う。

垂直の記憶

「僕には登る意義など本当に関係ない」と述べているけれど、意義など関係ないといえる行為っていうのは、子どものときの遊びくらいなんじゃないでしょうか。

だからたぶん、天才とは夢をみることのできる能力だとするならば、山野井泰史は天才なんだろうと思います。

誰もが夢中になれることに出会えるとは限りませんし、それを追求できない生活環境の人もいると思います。僕はもしかしたら、とても恵まれているかもしれません。小さいときに登ることに出会え、心の底から幸せな人間だと思っています。これからも夢を大切にして憧れを持ちつつ、登り続けていきたいと思います。

垂直の記憶

本人としても、なぜ自分がここまでクライミングに引きつけられるのか、自分では分析できない、とのこと。

遊びに夢中になるような日々

彼は登山家として天才的だったのだろうと推察します。

しかしそれ以上に私は、私には絶対に真似のできない、このような彼の生きる姿勢に感銘をうけます。

それは先に述べたように、「誰もが夢中になれることに出会えるとは限らない」わけで、それは本人の資質みたいなものもあるのかもしれないし、出会いという運みたいなものにも左右されるのかもしれない。

しかしできるなら私も、本当に彼のように、遊びに夢中になるように日々を過ごすことができるのならば、それは幸せなのかもしれない、とも感じます。

なにかに出会い、夢中になって、すべてを捨て、いつの間にか、そんな極北の生活にはいっていってしまう。

そんな瞬間が、いつかくるのかもしれない。

それこそが、夢なんだろう、と。

自己紹介

Udagawa Yushi

オーナーセラピストとしてタイ古式マッサージサロンを開業。このとき自分で制作したホームページが好評で、しばらくセラピストとウェブデザイナーのパラレルワークをしていました。
 
三人の男児の父親として、長男が生まれてからの7年間は家事と育児がメイン。
 
子どもが大きくなってきたため、第二の人生として出版事業を開始。
 
2019年に「頭とこころの整理法〔第一版〕」出版。アマゾンにて発売中。
 
現在は、自身が考案した「頭とこころの整理法」を活かし、「あなたが、あなたの人生のライフデザイナーになる」ためのライフデザイン・コンサルティングを行っています。
 
このブログでは、読んだ本について書いています。