120627

そういえば以前、下記のような記事(ページ)が話題になったような気がします。

私のTODOリストの先頭にあるもの

  1. 他の人の期待に合わせるのではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった。
  2. あんなに仕事ばかりするんじゃなかった。
  3. 自分の感情を表す勇気を持てばよかった。
  4. 友達と連絡を絶やさずにいればよかった。
  5. もっと自分を幸せにしてあげればよかった。

これを読んで、ああ私はこれとは逆だなあ、と思ったのですが…っていうのは、

  1. もっと他人にあわせたいと思っているけど無理…
  2. 仕事もしないでいつもダラダラしていていいのかな?でもダラダラするの好きだしな…
  3. もうちょっと自分の感情を抑えることができれば、会社でもうまくやれたかも…
  4. なので、友達は(ほとんど)いません…
  5. 自分だけが幸せなような気がして、なんか罪悪感…

と、このように感じてしまうからで、なんていうのかな、となりの芝生は青く見えるのかもしれませんね。

しかし個人として仕事をしている人で私と似たように感じている人って、意外と多いと思います。

他人にあわせる必要ありませんし、仕事も(ある程度は)コントロールできます。

感情を押し殺す必要も(ほとんど)ありません。

環境について

ですから私が実感として感じるのは、幸せというのは過程と環境のなせる技で、“いかにしてそのような環境に身をおきつづけていくのか?” というところに努力と工夫のポイントがあるのではないか?ということです。

つまり、 欲しいものを手に入れるとか、何かを達成するとかっていうのは幸せというよりも単なる “興奮” にすぎず、 “それを手に入れてどうしたい?” とか “なぜそれを達成したい?” とかそこまで考えつつ日々の生活を送ることができると、なんかいろいろ楽しいよね、という話しです。

よく学びよく遊ぶ

そういえば前にも書いたんですけど、「死ぬときに後悔しないために」というよりも「死ぬまでの道のりをいかに楽しむか」という方向から考えるほうがよいのかなあ、と感じています。